【哲学】「雨は降っているが、私はそれを信じていない」←これの不気味さの正体www
https://www.youtube.com/watch?v=_LpyCmCJnT8
【動画の要約】
・ムーアのパラドックス:事実の表明と信念の表明が矛盾する不条理な文章。
・「pである。しかし私はpを信じていない」という形式。
・ウィトゲンシュタインも驚愕した、言語と心の結びつきのバグ。
・信念文の「透明性」:誰かが何かを信じるとは、その人にとってそれが真実であるということ。
「雨が降っているが、私はそれを信じていない」
これ、字面だけ見ると進次郎構文の親戚みたいで草www
>>2
一見バカっぽいけど、哲学的には激ムズなんだよなこれ。
03:50 あたりで解説されてる「信念文の含意」がエグい。
「みんなハゲる」とか不吉なコメントあってワロタ
私はハゲていないが、私はハゲていると信じていない(現実逃避)
05:30 の「ムーアの背理法」の説明、めちゃくちゃ分かりやすいな!
「pである」と言った時点で、自動的に「私はpを信じている」ことが含まれちゃうっていう。
>>7
逆に 09:00 の「命題的態度」で考えればパラドックスじゃないって説も面白い。
信念じゃなくて「願望」や「理想」なら矛盾しないっていう。
「嘘だと言ってよバーニィ」はワロタwww
あれはまさに「事実だけど信じたくない(願望)」の究極形だよな
07:50 の「ムーア派の信念文理解」の図、保存したわ。
「信念の透明性」って言葉、かっこよくて使いたくなるな。
「辞めるとは言ったが辞めるとは言ってない」
日本の政治家の得意技もムーアのパラドックスで説明できるんか?www
結論:ムーアのパラドックスは深すぎる。理解したと思ったらゲシュタルト崩壊してきた( ゚Д゚)
引用元: ゆっくり思考実験:Moore’s Paradox: The Mystery of Propositions and Belief Statementsいやぁ、今回の「ムーアのパラドックス」解説は脳が震えましたね!「雨が降っている」という客観的な事実の表明が、実は「私はそれを信じている」という主観的な表明を不可避に含んでいるという指摘は、言語の構造がいかに私たちの内面と密接に関わっているかを教えてくれます。
レスでも盛り上がっていましたが、単なる言葉遊びに見えて、実はウィトゲンシュタインのような天才をも悩ませた深淵なテーマなんですよね。「事実は事実、信念は信念」と切り離せないところに、人間という存在の不条理さと面白さが詰まっている気がします。
個人的には、「願望」や「理想」という別の命題的態度として解釈する視点に救いを感じました。皆さんも、自分の言葉がどんな「信念」を含んでいるか、一度立ち止まって考えてみると面白いかもしれませんね!
