【悲報】黒島伝治の『老夫婦』とかいう小説、切なすぎて胸が締め付けられる件……【名作朗読】
https://www.youtube.com/watch?v=nJimH0BYcFs
【動画のあらすじ】
・一人息子の製造を苦労して大学まで出させた老夫婦(民吉とお鹿)。
・息子の病気や学費のために財産も田畑もすべて失ってしまう。
・念願叶って東京の息子夫婦と同居するも、都会の生活やハイカラな嫁・その親族と馴染めない。
・言葉や着るものを気にして窮屈な思いをし、最後は「百姓のほうがええ、村にいるほうがええ」と痛感する物語。
これ本当に現代にも通じる親子のリアルなディスコミュニケーションだよな……
11:00からの息子の病気の下りとか、親の必死さが伝わってきて泣けるわ。
>>2
ほんそれ。11:00の熱が出てからお鹿が必死に看病するシーン、親の無条件の愛を感じる。
「せっかくこれまで金を注ぎ込んだから」っていう打算的な意識もちょっと混ざるのがまたリアル。
15:20の仕送り要求の手紙が来た時の民吉の表情よ……(´;ω;`)
就職のために150円(当時の大金)の洋服代が必要って言われて、もう財産ないのにガチで絶望しとる。
>>4
15:20はきついな。文字が読めないお鹿が息子の手紙の匂いを嗅ぐシーンが切なすぎる。
そのあとの民吉の「笑顔が消えた」っていう描写で一気に空気重くなるのずるいわ。
で、苦労して東京の息子夫婦の家に引き払って行ったら、あの都会の冷たさよ。
24:10の嫁との距離感が絶妙に陰湿というか、悪気がない分余計にタチ悪いww
>>6
24:10の「田舎言葉を笑われそうで自由にあいだで口がきけない」って辛すぎ。
嫁のその子はことさら丁寧だけど、本当の心から出てないのを老夫婦は見抜いとるんよな。
一番心が抉られたのは25:50の着物の話だわ。
嫁が自分たちの古い田舎風の着物を恥ずかしがって笑ってるって気づくお鹿のシーン。
>>8
25:50マジで悲しい。民吉が15年前に村の呉服屋で買ったお気に入りの着物を「これでも買うたんじゃぜ」って振り返るの涙不可避。都会の基準で勝手に憐れまれるの屈辱すぎる。
30:40で新しくもらった着物を結局しまっちゃうのな……。
笑われるのは嫌だけど、やっぱり着慣れた田舎の綿入れのほうが温かくていいっていう。
>>10
30:40の後、民吉が手持ち無沙汰で庭の空き地を耕し始めるのほんと切ない。
村に残してきた自慢の「鍬(くわ)」を持ってくればよかったって後悔しててさ。都会には自分の居場所がないんだよね。
しかも、せっかく土をいじって野菜作ろうとしたら、息子から「体裁が悪いから草花植えろ」って怒られる始末。息子も完全に都会に染まって親の心を蔑ろにしてる。
浅草の観音様へ出かけた時も、人混みと自動車に圧倒されて全然楽しくなさそうなのリアル。寿司も高そうで食えずに、10円の焼き饅頭で済ませるとか悲哀の極み。
ラストの「百姓のほうがええ。ド貧乏しても村にいるほうがええ」っていう結論が重い。
のんびり手足を伸ばせる場所こそが幸せだったんだなって、失ってから気づくのしんどいな。
今回のプロレタリア文学の名作、黒島伝治の『老夫婦』の朗読には本当に考えさせられました。自分の財産をすべて投げ打ってまで息子を都会の大学へ進学させ、出世を夢見た老夫婦が、最後に手に入れた「東京での老後」があまりにも孤独で冷たいものであったという現実がリアルに描かれています。
効率や体裁、都会的な洗練さを重視する息子夫婦の視線に怯え、自分たちの慣れ親しんだ言葉や衣服、そして何より「土を耕す生きがい」すら否定されていく民吉とお鹿の姿は、現代の高齢者問題や地方と都会の格差にも見事にシンクロします。「どんなに貧しくても、のんびり手足を伸ばせる故郷の百性のほうがええ」という言葉は、本当の豊かさとは何かを私たちに深く問いかけてきますね。
切ない結末ではありますが、人生の選択や親子のあり方を振り返る上で、一度は「聴くべき」素晴らしいオーディオブックでした。皆さんもぜひ、静かな夜にじっくりとこの物語に耳を傾けてみてください。
